昔からの名残

昔の名残りたち

駅や列車によっては乗降客のないこともあるが、5~6人まとまって降りていく駅もある。若い女性などは、このまま都会に連れていっても違和感のない、今ふうのファッションに身を包んでいる。冬期、雪を避けるためなのか、どの駅にも似たような造り。の小さな待合室がある。室内はこざっぱりと清掃され、木製のベンチの上には座布団が敷かれたり、壁には絵が飾られている。ある駅では、家の居間からはずして持ってきたのでは。ないかと思われるような掛時計が2台、待合室の壁に下がっていた。たがいに時刻がズレていたのは御愛敬だったが。

会津若松から88.4kmで、会津線時代の終蒲駅である只見に着く。所要時間の短い列車では2時間30分前後、もっとも長い列車なら3時間弱の旅路である。広い構内に保線用あるいは除雪用車両の収納庫をもっていることなど、ここがかつて。終着駅だった雰囲気はいまも色濃い。ところで、只見線の列車は2両編成の運転が主で、学校の授業がある日は会津若松一会津川口間では最大4両、会津若松一只見間では最大3両で運転されるが、当駅の行違い設備の線路有効長は長く、気動車6~7両ぶんはある。貨物列車は。会津若松一西若松間にしか運転されておらず、この有効長は。ナゾめいている。

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